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  何気なく気付いたこと 面白かったこと 体験談などを気ままに書いていきます。

生きているということ
  久しぶりに娘と共にゆっくりと話をしました。        DSCN0714.jpg


セラピーの話し、精神世界の話し、そして怖れなど・・。

私たちは、生きるということをどう捉えているのでしょうか・・・。

「今この世界に生きているということ、それだけで奇跡なのだよ。」
「知れば知るほど分かっていなかったんだと気付くことが多い。」と、娘が言います。

知れば知るほど、知らない自分に気付くことができます。
大いなるはるかな記憶を感じれば感じるほどに、たどり着けない小ささを感じるものです。

 

  そう、昨年の5月頃でした。
私は幽体離脱のセミナー、CDPセミナーにて幽体の離脱ではなく、精密なメンタル体の離脱を経験したのです。

その経験の直後に感じたもの、それは
生きとし生けるもの全てに対して、涙が出るほどの愛しさを感じ、胸に迫る感動を味わいました。

この世は愛で出来ていると叫びたいような、発狂しそうな感覚でした。

そして、世界の全てが輝いて見えたのでした。
全てのものそれ自体が光りを出して輝いていたのです。
世界はこんなに眩しかったのだ!!と、・・・。

そして、意識は深い穏やかさの中に入っていました。



昨年の5月頃のブログに書いた内容の一部ですが、

   【自分の意識を味わうことが、これほどに心を癒すのだということ、
   意識が永遠であり、言葉では伝えられない言葉を超えた次元を感じるのです。
   今この次元では得られない意識が確かにある、肉体の脳では思い出せな
   かったものにアクセスした時、このように感じるものかも知れません。

   これは特別のことではなく、私達が本来の自分になるということです。
   忘れてしまった自分の資質を思い出すのです。】




このように、人間の本来の持っている感覚が開いたとでもいうのでしょうか、理屈を越えて、全ての命は繋がっている、全ては自分であるということを実感したのだと思います。

キリストが、「人類は皆兄弟」と言った意味が一瞬に分かって、その後霧のように、その感覚が薄れていきました。・・・残念です。

この思い出した感覚のままにいたなら、今頃私はどうしていたでしょう。

この感覚を知った時、知らない自分であるもの、思い出せない自分であるものに、気付きました。

そして、全てを知っている自分であるものなのだと気付いたのだと思います。。



   私たちは常に葛藤の中にいるような気がします。

混乱し、欲求不満になっているのです。

それは、この次元は判断をすることで出来ているからなのですね。

そして、自分を裁きます。

このからくりの中から出ることが出来たら、知らない自分に本当に気付くことができて、全てを知っている自分を感じるかもしれません。

そんなことを娘と話しながら、2人の時に包まれていました。

ただ、こうしているだけで、ただここにいるだけで、今、このときを感じるだけでいいのかもしれない、なんて思いながら・・・。

自分を見るように娘を見て、自分を見るように世界を見ていました。
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