FC2ブログ
  何気なく気付いたこと 面白かったこと 体験談などを気ままに書いていきます。

体外離脱の意味
  意識学と体外離脱学のCDPセミナーが終了しました。
  宇宙理論の理解、そして経験を通し自分で判断をしていくという学びでした。

体外へ出て非肉体的存在としての経験をしたならば、私たちは世の中の見方が全く変わるかもしれません。
肉体を持たないという存在で、次元を超えてこの世界を見たならば、どのような存在として生きればいいのか、大きな視野で捉えていくことが出来るのではないでしょうか。

世界では色々なことが起こっています。
ネガティブなことに人は焦点を合わせやすいものです。
しかし、もし死さえポジティブなものと思えたならば、私たちはどのように生きることが出来るでしょうか?

普通人は死を恐れ、その恐れから全てのことが不安になり、自己防衛しようとして生きます。

死を迎えた時、物質的執着があって手放したくないと思っていたり、愛している人のそばから離れることが出来なかったり、罪悪感がある、人生に悔いがある、色々な心配などがあるのならば、先に進めずに留まってしまう非肉体的存在になるといわれます。

死を迎えた時、目的の達成感があり、後悔も執着も無く、死の過程が人生のどういったクオリティーかということに関わって捉えられたならば、死は人生の最高の部分、自由になり、故郷に戻ることであるということが分かって、ポジティブな死を味わうことになるかもしれません。

もし、一年後に死を迎えると分かったならば、あなたは何をやり、何を止めるでしょうか?

ヒプノにおいての過去世回帰は、この人生における役割は何だったのか?人生の目的は?存在の意味は?などを自分でどんな内容のプログラムをしたのかに気付く機会が与えられます。

中間世において、自分の存在プログラムというものを作成して肉体に転世するとしたならば、その存在プログラムから離れれば離れるほど、人生が憂鬱に感じてしまうようです。

出来るなら、ポジティブな死を迎える為にも、そしてこの世界を広い視野で見ることができるように、このエネルギーワークを活かしつつ存在プログラムを意識して生きたいと思います。

さて、皆様の存在プログラムはどんなものなのでしょうか?

スポンサーサイト




CDPワークショップ
CDPワークショップを受けています。
まだまだ未熟な練習をしていますが、ホテルでエネルギーワークの練習をしてみました。リラックスするには一人でホテルに泊まっているということは、うってつけです。

早朝で暇を持て余していた私は、早速エネルギーワークの練習をしました。
フッ・・と意識が遠くなって眠りに落ちる感覚になたっと同時に、目覚めました。
ハッキリと目覚めた感覚なのに、父母が居ます。
おぉ~!これは・・。明晰な感覚で意識だけが父母の元に行ったのでした。

キッチンで母が朝食の仕度をしていました。
父は椅子に座って待っています。
母に近づいてみたり、上から見たりしている自分を感じているのです。
父母の愛猫がそばで寝転んでいました。

さあ、早く起きてこの状況が真実であることを確かめようと、本当の目覚めを試みました。目覚めると同時に母に電話を入れると、同じ状況であったことを確認できました。「朝食の仕度をする時間ではないのに、今日は特別だったのよ。」と、父母もビックリです。

意識を離脱させるという試みをしてから、何かが変わりました。
分かりませんが、変わったのです。

この日、ビッグサイトのCDPセミナーに出掛ける道すがら、何を見ても感動的なのです。
アリが大きな物を運んでいる姿さえ、愛しくて涙が出そうになりました。
生きとし生けるものすべてに感謝をしたい気分です。

私たちの体には色々なエネルギーや意識が重なっています。
その中の幽体が出る場合、幽体離脱という形をとりますが、私の場合は幽体ではなく、メンタル体だけの離脱だったようです。その為に、メンタル次元を味わって宇宙意識まで到達できたのかな?と思っています。

自分の意識を味わうことが、これほどに心を癒すのだということ、意識が永遠であり、言葉では伝えられない言葉を超えた次元を感じるのです。
今この次元では得られない意識が確かにある、肉体の脳では思い出せなかったものにアクセスした時、このように感じるものかも知れません。

これは特別のことではなく、私達が本来の自分になるということです。
忘れてしまった自分の資質を思い出すのです。

Copyright © フローライトのじゆうきまま. all rights reserved.