何気なく気付いたこと 面白かったこと 体験談などを気ままに書いていきます。

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ご縁というもの
 ご縁を大切にしていくということは、

  人生を豊かにしていきますね。



先日、私の住んでいた栃木県に行きました。

そして、介護施設に入っている母に会いに行きました。

認知症の母と共に過ごし、

その後は一人ぼっちで寂しくて

いつの間にか

4年近く前まで住んでいた私の家だった所にいました。



私が住んでいた家の前には

ずっと仲良くしていただいたママちゃん宅があり

メールで繋がっていました。



それで、気が付くと

ママちゃんの家に何気なく立ち寄っていて

いつもの、あの4年前の笑顔で出迎えられ

時間の壁も隔たりもなく

ママちゃん家族の中に

どっぷりつかって温まっていたのでした

とっても幸せな時間でした

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飾らぬ語り口で

愛いっぱいで「いつでもおいで~」

と両手いっぱいの温かさに抱きしめられ

心に染みて

温かくなって

豊かな気持ちが満ち溢れていました


 

ご縁を大切にすること

感謝をすることが

潤滑油になって

人生は美しく循環するのだということが

実感できました



ご縁というプログラムがあってこその

人生のプロセス

一つ一つ味わい

この味わいのご縁を

宝として大切に生きていこう

そう思います。


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2016年
いつの間にか2017年になっていました。

2016年を振り返るゆとりが出来、

一年間が一つの物語のように見ることが出来るようになりました。





2016年は、

夫の膵臓癌の告知と同時に余命半年の宣告から始まりました。

そして、半年後に夫の死。

2016年も終わろうとしている時、私の肺癌が見つかりました。



   『井上さん、終わりましたよ。分かりますか?』

深い深い眠りの中に声が届き・・・・・

手術が終わったことが告げられました。

ごく初期の見過ごしてしまうほどの小さな前癌状態の影を、

幸いに見つけることが出来た為に、

手術が成功し、普段の生活に戻っています。
     


  私は癌と聞いた途端、

途方もない恐怖と絶望に襲われました。


私の体験は夫の比ではないけれど、死に至る恐怖を感じ、

成す術もない絶体絶命の境地を味わったのです。



これほどの思いを夫は、なぜ気丈に振る舞って居られたのか?

癌に直面した本人にしか分からない辛さ、

心細さは計り知れません。

だからこそ夫は死への憧れと希望という思いを持って、

自分を支えるしかなかった。

弱い自分を見せずに気丈に振る舞うことが、

せめてもの自分に対する誇りであるかのように・・・・・。



『死は敗北だと思っていたけれど、

本人が死を選ばなければ死ねないと言うことは、

死は勝利、希望。』

と言って納得して死を選んで逝った夫でした。


そして、この私の命が脅かされる絶体絶命の境地から感じたものは



『生きているって凄いことなんだ!』ということでした。



健康でいられることが当たり前だと思っていた自分の傲慢さに気付き、

命という有限の世界に生きていることを忘れ、

いつまでも生きていられるとばかり、

やるべきこともせず先延ばししてきたことにも気付きました。

いつか人間は必ず死ぬ。

今、やるべきことをやらないで、いつやるのか?

今しかないという思いは、生かされている自分を感じ、

肉体を持ち生きていることの奇跡を感じ、

森羅万象すべてに感謝しかなくなりました。



意地を張ったり意固地になったり、

正しさで戦ったりしてきた人生が何と未熟でちっぽけだったことか!

素直でない、へそ曲がりな人間業で問題を作り、深刻に悩んでいただけでした。



色々なものから逃げて、避けて、辿り着いたのが、

総まとめとしての体験だったのだと思います。

もう逃げられないということでした。



  逃げずにちゃんと観てみると、

自分本位で片側からしか見ていなかったことに気付いていき、

相手の思いが分かっていきました。

思い返すと様々な愛の出来事がちりばめてあった人生でした。

ピンポイントでフォーカスした愛がないと思い込んだ出来事は、もう無くなっています。

父も母も愛でいっぱいでした。愛されたことしか思い出せなくなっています。




自分が出したものだけが返ってくる仕組み。

愛と感謝を出すと、そのまま自分に反って来る。

それだけでした。


ここまで書いて思い出しました。

夫のことが愛と感謝でしかないと思った出来事でした。

何気なく耳にすることになった

花*花の「さよなら大好きな人」というメロディー



  さよなら大好きな人

  悔しいよとても

  悲しいよとても

  もう帰ってこない

  それでも私の大好きな人

  何もかも忘れられない

  何もかも捨てきれない

  こんな私が惨めで弱くて

  かわいそうで大きらい

  さよなら大好きな人

  ずっとずっと大好きな人
 
  

訳が分からず ワ~ワ~泣きじゃくりました。

涙が止まらなくなりました。

胸がはちきれそうです。
  
思いがけない自分の反応にビックリしました。

私の中に、こんなにも夫への思いがあった・・・・・。



今まで一人で大丈夫、自由だし、これで良かったんだ・・・・・

と言い聞かせて、夫に対しては「勝手に行ってしまって!」と

怒りに燃えて夫を罵倒することで自分を保ってきました。

怒りでフタをしないと自分が壊れそうで怖かったのです。



でも、一気にフタが外され、壊されました。

メロディーがストレートに伝わって来て、自分の感情と重なり、

今までの守りの力が一気に無くなりました。

すると、夫の存在は愛と感謝でしかなかったという思いが溢れ出し、

夫の無邪気な笑顔だけが私に戻って来ました。



この世界は愛でしかなかった!

やっと自分の中で安らげたような、

力がわいてきたような気分になりました。


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夫は死を選び、勝利としました。

私は肉体の井上晶子を選びました。



この私が見て感じる世界がどんなにか豊かで素晴らしいか。



手術後10日目に抜糸したときに先生に聞きました。

『筋トレしたいんですが、大丈夫でしょうか?』

『おお、良いですよ~。』いとも簡単に答えられました。

『再開ですか?それとも始められるんですか?』と、先生。

『始めます。』と、私。

先生は筋トレとメモされました。



いつも付き添ってくれている娘が

『お母さん、ライザップに予約いれとくよ。ビフォー・アフターが楽しみだね~。』と、

ニコニコしています。




自分は出来ないとか、自分には相応しくない行動だとか、

決めることはもう止めました。

過去から持ってきた私ではなく、今の自分の声に従って、

色々なことをやっていきます。


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手元を見るということ
10月28日に白内障の手術を受け

二度目のもう片方の白内障の手術を受けたのが11月4日でした

ついでに眼内レンズを入れていただいたので

遠くは眼鏡なしで見えるのですが

今まで見えていた手の指やパソコン画面が見えにくくなり

手元が良く見えなくて不自由になりました

何事も完璧に行かない・・・って思います

それが私のパターンで

どこかにデメリットがあることで安心するのだと思います

思い通りです

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でも、私にとって新たな幕開けとなりました

眼鏡なしの人生がやって来たのです

手元を見る時だけ眼鏡を使えばいいわけですから

手元が見えない・・・見落としている目の前のことに気を配りながら

世界をちゃんと見ていこうと思います

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今まで

本当に身近なことを見落としていました

相手という身近な人たちが感じることに気付けなかった

意地で見ないようにしていた

そんな自分を観たのでした



意固地になっている相手は自分だと気付いたら

ただ見て欲しい、認めてほしいと叫んでいただけだったのです

それで

心から「ありがとうね~」という思いで

母を見てくれている兄夫婦を感じ

夫の親類縁者に対して感じ

夫の母親にも感じて

表現してみました



何ということはない

ちゃんと素直に表現してみたら

相手は自分ですから

温かく思いやりのある表現で返ってきました

夫の母親から初めて聞く言葉

「晶子さんと結婚できて 息子は幸せだったよ

それが息子にとっては最高の人生になった。」と・・・

耳を疑う言葉ですが

私が自分を認めていなかっただけで

本当の義母のことなんて見ていなかったのですね

この世界は

本当は完璧に出来ているんだと

そう思いました

人生のおとぎ話
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生前の夫の写真です。

海にかえり、愛そのものになって全てに戻り、いつも私たちのそばにいる

そんな存在になった夫です。

最近は、夫と共にやったことや行った所などを思い出して

かけがえのない日々だったことが

今さらながら思い出されて・・・・・

離れてはじめて分かる辛さがあります。

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人生のおとぎ話を

今、静かに語っている

何気ない日々の

何気ないことの全てが

現実味がなく

それでいて

身に染みて懐かしい

今しばらく

この感覚で過ごそうと思います

散骨
昨日10月17日は夫の散骨の日でした

前日まで雨の予報で

前日の夜中じゅう大雨でしたが

朝になると雨も止み、お陽様が射して来ました

夫の散骨の場所は日本のエーゲ海と言われる瀬戸内海の牛窓です


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風は穏やかで、海の波も穏やかな日和になりました

私達の心も穏やかに、夫の喪に抱かれているような気持ちでした

クルーズにはスタッフの方が数人一緒に乗っていらっして

私達を労わるように、静かにそっと付き添っていてくださいました

溢れる愛を感じました

水に溶けやすいように加工した骨が

小さなパックに幾つにも分けられて、一つ一つに可愛いリボンが付いていました

お花とお酒も用意されていて

骨を一つ一つ海に戻すように落とし

その後に花とお酒を海に手向けました

鐘を突き

それに合わせてクルーズは骨のある場所を3回大きく回りました


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夫と共にこの日を迎え、夫と解放されていく私達家族が居ました

ここからどこに向かおうか

クルーズはキラキラ輝く海を自由に走り

遠くに見える島々に近づいては離れて

通り過ぎて行きます

空はどこまでも続いています

空高く、クルーズは走り続けます
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